3月4日TOHOシネマズ小田原で鑑賞したのですが、見ての通り感想を書かないまま1週間以上経っています。
というのも、この作品を語るのに適した言葉がうまく出てこなかったというのが最大の理由です。言いたいことはたくさんあるんだけど詳しく語ろうとすると『オレ映画好きだからこういう作品の良さも分かるんだよねw』と通ぶった意識高い系インテリ映画オタクみたいになっちゃいそうなんですよ。
なので、作品の詳しい考察やストーリーの流れ、構成、演出なんていうのは置いておいて自分勝手な解釈だけ書いておこうと思います。
ギレルモ・デル・トロ監督はオタクだけど……
ギレルモ監督は御存知の通りオタクなんですけど、自身の趣味はあくまでマイノリティということを理解していますし、そういったマイノリティな存在は日陰の存在ということは理解しています。
シェイプ・オブ・ウォーターでは主人公サイドのキャラクター全てを日陰の存在(障害者、ゲイ、黒人女性など)で固めていて、それでも主流派に対して自身の存在を認めてもらうためにささやかな反逆をさせているのですが、結果的に勝利には程遠いんですよね。
監督自身はオタクでファンタジーを題材とした映画を作ったとしても、空想には逃げずにリアリティを求めているから。
せめて【日陰者は日陰者同士、リア充のいない世界でひっそりと暮らしましたとさ】っていうストーリーが現実的な着地点だったのでしょう。
ギレルモ監督が誰からも祝福されるマイノリティを描いた作品を作る時……その時こそ彼が次にオスカーを手にする時なのでしょうね。
イライザ半魚人説
作品のラストで銃で撃たれたイライザを半魚人(名前がないのでこう書きます)が癒やした結果、首の古傷がエラになり水の中で呼吸ができるようになる描写があったのですが、あれって半魚人がイライザの身体を同族のように作り変えたのでしょうか?
自分としてはイライザはもともと半魚人と人間とのハーフかなにかで水中での活動に適応する素養があったのだと思うのです。
彼女自身は自分が喋れないのは幼い時に受けた虐待が原因だと思っているようですが、そもそも誕生のいきさつが母親が半魚人に襲われた時に身ごもったのがイライザだったとしたら?
虐待の理由自体も、母親の襲われた時の忌まわしい記憶とイライザの半魚人由来の不快な鳴き声に対するしつけだったのだとしたら?
半魚人に備わっている能力は、あくまで【ケガや病気(ハゲw)を元の状態に復元する】能力であって体の構造を作り変えるような突拍子のない能力は持ち合わせていないのではないのでしょうか?
いくら興味を持ったとはいえ、人外とセックスは抵抗あるでしょう。彼女が同族であったとすれば本能で惹かれた可能性も出てきて納得もできるのです。
ということで、自分はイライザ半魚人説を推します!……まぁ小説版読んでないからこそのトンデモ説だとは思うんですけどね。
……原作小説読むか。
万人にはオススメできない
この作品、個人的には【感動はするんだけど、この感情を他人には押し付けられない】といった感想です。キワドく生々しい場面や暴力シーンは監督が伝えたいことを受け取る前に拒否反応の出る人もいるでしょう。
特にデートムービーには使えません。意識高いぶった男が『今年のアカデミー賞受賞した作品いっしょに観ない?』なんて言って誘った結果、女性が途中で席を立つことになる可能性すらあります。
何年後化に過去の名作を観てみようと思った時に頭の片隅に候補として残しておきたいタイプの作品ですね。